細川ガラシャ(ほそかわがらしゃ)(Gratia Hosokawa)
本名:明智玉(あけちたま)
洗礼名:ガラシャ(Gratia)
生年:1563年(皇紀2223)永禄6年
没年:1600年(皇紀2260)慶長5年7月17日
明智光秀の三女
細川忠興(三斎)の正室
細川ガラシャ(ほそかわがらしゃ)は、明智光秀の三女 明智玉、細川忠興(三斎)の正室
細川家とともに、勝竜寺城・宮津城・大坂屋敷に住む
24歳のとき、キリスト教信徒(キリシタン)の先例を受け、「ガラシャ(Gratia)」という洗礼名を受ける
【細川ガラシャの歴史・経緯】
【その他】
<辞世の句>
「ちりぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
<お墓>
大徳寺高桐院など、数ヶ所にガラシャのお墓とされるところがある
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勝竜寺城公園>
長岡京市勝竜寺町
織田信長より、夫 細川忠興の父親 細川藤孝に与えられた勝竜寺城跡
勝竜寺城で3年間過ごした細川忠興と明智玉(細川ガラシャ)の銅像が本丸跡に立てられている
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琴引浜(ことひきはま)>
京丹後市(旧網野町)の砂浜
細川ガラシャの
歌碑「名に高き 太鼓の浜に 聞く秋の 遠にも渡る 秋の夕さめ」が立っている
【京都検定 第5回2級】