新選組(しんせんぐみ)(ShinsenGumi)

 新選組(しんせんぐみ)は、江戸時代末期の幕末維新に、
京都に潜伏する過激派尊皇攘夷論者の取り締まりや、京都の治安維持を目的に活動した、
京都守護職であった会津藩藩主の松平容保に配下に置かれた組織

 大政奉還後は、旧幕府軍の一員として戊辰戦争を戦った

 <隊旗>
 「誠」の一字

 <羽織>
 袖口を山形の模様で染め抜かれたもの

【浪士組の歴史・経緯】

 幕末維新
 1862年(皇紀2522)文久2年
 浪士組(ろうしぐみ)が、将軍 徳川家茂が上洛するときの警護として、京都の治安を維持する名目で江戸幕府により結成される
 庄内藩の郷士清河八郎が中心となって結成した浪士組がその前身となっている
 浪士取締役には、松平主税之介・鵜殿鳩翁・窪田治部右衛門・山岡鉄舟・中条金之助・佐々木只三郎らが任じられる

 1863年(皇紀2523)文久3年2月
 200名余りの浪士組が、清河八郎・山岡鉄舟らに率いられて上洛し、
 壬生村の郷士 前川家屋敷・八木邸に分宿する
 しかし、直後に清河八郎が尊皇攘夷派と通じたために勅諚が下され、浪士組はまとめて京都を去ることとなる

【新選組の歴史・経緯】


【ゆかりの地】

 <新選組遺蹟
 浪士組として上洛して最初に屯所とした八木邸の門前に石碑が立つ

 <新選組屯所遺蹟
 浪士組として上洛して最初に屯所とした八木邸の門前に石碑が立つ

 <新選組洛中最後の屋敷跡
 将軍 徳川慶喜の直属の軍隊となったときに葛野郡不動堂村に建立された屋敷跡とされるところに石碑が立つ


【京都検定 第1回3級】

6.京都守護職であった松平容保率いる会津藩が本陣とした寺院はどこか?

7.元治元年(1864年)、禁門の変(蛤御門の変)が勃発したきっかけとなった、新選組が襲撃した、尊皇攘夷派の長州藩士らが会合していた三条木屋町西入の旅籠はどこか?

【京都検定 第10回3級】

【京都検定 第3回2級】


[インデックス]


京都通メンバページ


[目次]


[関連項目]


[協賛リンク]



[凡例]

赤字
 京都検定の出題事項
 (過去問は下段に掲載)

ピンク
 京都検定に出題された
項目へのリンク

青色紫色
 関連項目へのリンク