天神川(てんじんがわ) 紙屋川(かみやがわ)(River of Tenjin (Kamiya))

流域:京都市右京区・北区・上京区・中京区・右京区・南区   地図情報

水源:右京区鳴滝沢山東麓
河口:桂川(南区吉祥院下ノ向町)

種別:一級河川(天神川)

水系:淀川水系

全長約14km

旧称:西堀河、柏川(かえがわ)

 天神川(てんじんがわ)は、京都市市街地の西部を南に流れる川

 紙屋川(かみやがわ)は、天神川の上流を称される

 現在の河川法では、上流から「天神川」と総称される

【天神川の主な流域】

 紙屋川(かみやがわ)は、右京区鳴滝の沢山東麓を水源とする
 一旦、北流して、北区鷹峯大谷町を囲むように東へ出て、そこから南流する

 右京区鳴滝の沢山東麓からの吉兆谷川と合流し、南東に流れ、北野天満宮の西を流れる

 上京区紙屋川町付近から下流は、「天神川(てんじんがわ)」と称されるようになる
 太秦東南で御室川と合流し、西京極まで天神川通と並行してさらに南流する
 途中、西高瀬川と交差する

 南区吉祥院下ノ向町で桂川に流入する

平安時代の川の名称】

 平安京が作られたときには、朱雀大路を挟んで対称の位置に堀川があったため、「西堀河」と称されていた

 柏野(かえの)の地を流れることから「柏川(かえがわ)」とも称される

 朝廷の重要な祭儀のときには、紙屋川の上流で潔斎が行われるため、
「散斎(あらいみ)」を意味する「荒見」から「荒見川(あらみ)」とも称されていた
 現在も、衣笠に「荒見町」や「大祓町」の地名が残されている

 「紙屋川」の名前の由来は、この川のほとりで朝廷が用いた紙を漉いた紙座があったことに由来する
 「天神川」の名前は、中流で天神さん(北野天満宮)の西を流れていることに由来する


【その他】

 <御土居
 桃山時代
 1591年(皇紀2251)天正19年
 豊臣秀吉の都市改造政策の一つである御土居の築造の際、紙屋川が京域西側の境界となる
 北野天満宮の西側に残っている御土居の堀の部分ととして紙屋川が活用されていた


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