老ノ坂峠(おいノさかとうげ)

所在地:亀岡市篠町王子大坪 ・ 京都市西京区大枝沓掛町   地図情報

 老ノ坂峠(おいノさかとうげ)は、亀岡市京都市の境にある大枝山の峠

 かつての山陰道の旧峠(標高約220m)と、 現在は国道9号線のトンネルの上に新峠(標高約195m)があり、交通の要地

【老ノ坂峠の歴史・経緯】

【老ノ坂峠ゆかりの故事】

 <平清盛
 保元の乱において、老の坂を軍勢で固めて、不審者が京から出入するのを防いだといわれる

 <源義経
 一ノ谷の戦いにおいて、丹波、篠山を経由して、播磨、摂津に進軍した

 <足利尊氏
 丹波の篠村八幡宮に戦勝祈願を行い、鏑矢を献上して、老ノ坂峠を越え、鎌倉幕府の六波羅探題へ攻め入る

 <明智光秀
 織田信長の恐政を断つために、明智光秀軍が、丹波(亀岡)の亀山城を発し、老ノ坂を東に下り本能寺へ向かった

 <酒呑童子
 平安時代
 この峠付近に、龍宮のような御殿に棲み、数多くの鬼達を部下にして暴れ回ったといわれる酒呑童子が住んでいたといわれる
 大枝山周辺は、京都から放逐された盗賊の住処にもなっており、鬼が棲む地としても信じられていた

 <宣教師ルイス・フロイス
 キリシタン大名 内藤忠俊(後に小西行長家臣)が、丹波の小領主だったときに、招待を受けて、老ノ坂を越えて丹波に入った

 <子安地蔵>
 老ノ坂峠バス停付近に祀られている地蔵菩薩
 「一心二河白道」によると、才色兼備だった、丹波国の大長者の娘 桜姫の化身とされる

 <首塚大明神
 源頼光と四天王が、大江山の酒呑童子を退治し、その首級を京に持って帰ろうとしたところ、
老ノ坂に差し掛かったところで急に首が重くなり動かなくなってしまった

 四天王の一人で大力持ちの坂田金時(足柄山の金太郎)でも動かすことができず、やむをなくそこに塚を作り埋葬したといわれる

 峠の子安地蔵が「不浄な首を聖なる京に入れてはならん」と、首を動かすことができなくなったもいわれる

【その他】

 <大枝山(おおえやま)>
 西京区と亀岡市の境に位置する山
 標高480m
 「万葉集」では「大江山」、「日本後紀」では「大井山」とも称される
 大枝山の峠は、かつては「大江坂(おおえのさか)」と称され、それが変化して「老の坂」と称されるようになったといわれる

 <大江関>
 平安京から山陰道を下るとき、
 大江坂に設けられた大江関を越えて、京と別れを告げることになったことから、古くから歌枕の地となっていた

 <石碑「従是東山城國」>
 老ノ坂峠にある、山城国と丹波国の国境を示す石碑

 <小畑川
 老ノ坂付近を水源としている


【京都検定 第13回1級】

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