糺の森(ただすのもり)(Tatasuno Mori)
所在地:
下鴨神社(
京都市左京区下鴨泉川町)
地図情報
広さ:約12ヘクタール
国の史跡(
下鴨神社)
【糺の森】
糺の森(たたすのもり)は、鴨川と高野川が合流する地にあり、
下鴨神社の社叢(しゃそう)になっている
ニレ科の樹木を中心とした森
樹齢数百年の欅(ケヤキ)・楠(クスノキ)・椎(シイ)・榎(エノキ)・白樫(シラカシ)・アラカシ・シリブガシ・イチイガシ・ムクノキなど、
山城平野の名残りの原生林となっている
全体の約20%を楠(クスノキ)で占めている
1934年(皇紀2594)昭和9年の室戸台風の後に植栽されたものが多い
糺の森では、朽ち木(くちき)も保存されている
<瀬見の小川(せみのおがわ)>
糺の森の東を流れる瀬見の小川
周囲には、多くの楓(カエデ)が植えられていて、他の地域より少し遅い11月末頃が
紅葉の名所
雨上がりには、一帯に薄い霧がたちこめ、神秘的な雰囲気が漂う
風土記(ふうどき)「山城国逸文(やましろのくにいつぶん)」によると
下鴨神社の祭神 賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)により名付けられたといわれる
鎌倉時代には、馬場の西側を流れていた
流路跡(りゅうろあと)からは、祭祀で使われる土器が出土している
1694年(皇紀2354)元禄7年
賀茂祭の行粧(ぎょうしょう)、走馬十列の義(そうめとおづらのぎ)が復興され、
馬場が整備されて、
鴨川を源流とする現在の流路になる
<鴨社神宮寺・池跡>
「烏邑縣纂書」によると
平安時代
嵯峨天皇の
勅願寺として鴨社神宮寺が建立される
「鴨社古図」には、池が描かれている
大正時代末期から昭和時代初期に改修され、「新糺池」と称されていた
1991年(皇紀2651)平成3年
発掘調査で、池からの流路跡や、鴨社神宮寺の堂塔の一部が確認された
<烏の縄手(からすのなわて)>
下鴨神社の祭神「賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)」が「ヤタカラス」とも称されており、
「縄手(なわて)」は、「細い」「長い」という意味があり、
「烏の縄手」とは、ヤタカラスの神さんへお参りする細く長い参道という意がある
かつては、糺の森の木々の間に、数筋の細い参道があったといわれる
<切芝>
糺の森のへそ(真ん中)で、古代から祭場とされていた
<紅葉橋>
かつて、雨乞いを祈願する「こがらし社」があった付近
祈願がかない雨が降ると川の小石が飛び跳ねたといわれる
<糺の森の椎(ただすのもりのしい)>
下鴨神社の表参道の中程にあるブナ科のツブラシイ
東に泉川があり、表参道に面した平地に生育し、ツバキ、アラカシなどとともに原生の常緑樹として残存している
<糺の森の椋(ただすのもりのむく)>
下鴨神社の境内の全域に分布しているニレ科のムクノキ
【行事】
<
葵祭>
糺の森でも、さまざまな神事が行われ、古代祭祀の遺構も見つかっている
<
足付け神事>
土用の丑の日に、糺の森を流れる川に足をつけて健康を祈願する
【糺の森の名前の由来】
「糺の森」の名前は、
蚕の社の元糺の池(もとただすのいけ)に由来するといわれ、
秦氏と賀茂氏との深い関係がいわれる
河合神社の祭神 多々須玉依姫(ただすたまよりひめ)にちなむとか、
下鴨神社の祭神 賀茂建角身命が、この地で人々の争いを調べただしたことによるといわれる
【その他】
<
鴨長明>
新古今和歌集に
下鴨神社の祀官
鴨長明(かものちょうめい)の瀬見の小川を詠った歌が残されている
「石川や せみの小河の 清ければ 月も流れを 尋ねてぞすむ」
<
蚕の社>
蚕の社にも糺の森があり、元糺の池(もとただすのいけ)で同様の足付け神事が行われている
【アクセス】
市バス 糺ノ森 あるいは 下鴨神社前 下車すぐ
【京都検定 第1回3級】
京都の自然・観光にについて
92.下鴨神社の社叢で、古くから禊を行うところで知られている森はどれか
京都検定3級の道
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