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五条大橋(ごじょうおおはし)
Bridge of Gojyou
所在地:京都市下京区下材木町・東山区宮川筋8丁目
地図情報
長さ:67m
幅 :35m
構造:鉄筋コンクリート
五条大橋(ごじょうおおはし)は、五条通に
鴨川に架かる橋
下京区と
東山区の境界
国道1号が通る
【五条大橋の歴史・経緯】
桃山時代
1589年(皇紀2249)天正17年
豊臣秀吉が、
方広寺大仏殿建造の際に、五条通(現在の松原通)の五条橋を六条坊門小路(現在の五条通)に移し架け替えさせる
六条坊門小路は「五条橋通」と称されるようになる
江戸時代初期
当時の平安京の「五条通」は松並木であったため「五条松原通」と称されるようになり、
その後、省略されて「松原通」と称されるようになる
「五条通」と称する通りを復活させようと、「五条橋通」と称されていた六条坊門小路が「五条通」と称されるようになる
そのため、ほぼ等間隔の
二条通・
三条通・四条通から、四条通と五条通との間隔は少し広くなり、六条通側に寄っている
1935年(皇紀2595)昭和10年
水害で流される
1959年(皇紀2619)昭和34年3月
現在の橋が架けられる
鉄筋コンクリート、御影石の高欄、青銅の擬宝珠は以前のものが用いられている
【その他】
<
牛若丸と弁慶>
大男の武蔵坊弁慶は、太刀千本を奪い取ろうと、夜ごとに街を駆けめぐり999本の太刀を手に入れる
最後の1本を奪い取るために五条大橋で待ち構えていたところに、法師姿の牛若丸こと源義経が通りかかる
五条大橋の上で一騎打ちとなるが、弁慶は、欄干を飛び渡り身のこなしも軽い牛若丸に翻弄され太刀も奪えず負けてしまう
五条大橋の西側、河原町通との交差点近くのグリーンベルト内に、弁慶と牛若丸が闘う様子の石像がある
<松原通と五条通>
平安京の五条通は、2つ筋北の現在の松原通にあたり、
平安京の五条大橋は、1つ上流にかかる現在の松原橋のことであった
牛若丸と弁慶の闘いは、現在の松原橋であったとされる
<
桃山時代の遺構>
京都国立博物館の西の庭
豊臣秀吉の五条大橋の橋脚3本、橋桁2本が立体的に組まれ保存されている
橋脚には「津国御影 天正拾七年 五月吉日」の刻銘が残っている
<
扇塚>
五条大橋の西側の畔
「御影堂(みえどう)」と称される
時宗 新善光寺があり、ここで「御影堂扇」と称される
扇が作られていた
付近には扇屋が多く建ち並んでいたといわれる
【アクセス】
京阪電車 五条
市バス 河原町五条
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