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江戸時代(えどじだい)
EdoJidai

年代:1603年(皇紀2263)慶長8年〜1867年(皇紀2527)慶応3年

 江戸幕府、徳川将軍家によって全国が統治されていた時代
 264年間という世界史的にも稀な長期安定政権が続き「天下泰平」と称された平和な時代

 1603年(皇紀2263)慶長8年2月12日
 徳川家康が二条城において征夷大将軍に任ぜられ、江戸幕府が開かれる

 1615年(皇紀2275)慶長20年7月17日
 徳川家康が金地院崇伝に命じて起草させ、天皇までを包含して朝廷の行動を制約する「禁中並公家諸法度」が定められる
 二条城において大御所 徳川家康、二代将軍 徳川秀忠、前関白 二条昭実の3名が署名して公布される

 1867年(皇紀2527)慶応3年10月
 徳川慶喜が、二条城において、大政奉還、将軍職返上を行う

 徳川将軍家 江戸幕府は、二条城に始まり、二条城で幕を閉じる

【江戸時代の京都】

 二条城において、
 京都所司代、町奉行をおき、江戸幕府の直轄都市とする

 徳川家康、徳川秀忠、徳川家光の3代は、京都の社寺の復興に力が入れられる

 1611年(皇紀2271)慶長16年
 角倉了以(すみのくらりょうい)によって、鴨川の西側に高瀬川が開削され、
 大坂と京都を結ぶ大動脈となる

 伝統産業の復興にも保護が行われ、
 西陣織への保護が大きく、高機(たかばた)約7000台を保持した
 観光都市化が進み、観光産業が発展する

 町数は、1666町に増え、人口35万の第三の都市となる
 上京の町数12組、下京の町数8組

【ゆかりの人物】

 <石田梅岩
 <桂昌院
 <角倉了以
 <高山彦九郎
 <八条宮(桂宮)


【京都検定 第5回2級】

【京都検定 第4回1級】


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